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中国とベトナムの国境「友誼関」を写真付きでレポートします

time 公開日:2017/04/02 time 更新日:2017/04/04

中国とベトナムの国境「友誼関」を写真付きでレポートします

「友誼関(イウイー クワン)」は、中国とベトナムの国境にある広西チワン族自治区の凭祥にある関所です。

以前は戦争の際に兵士がここを通過したらしいのですが、僕が行った時は観光地化されていていたって平和でした。

入場!

友誼関

チケット売り場がありますが、パスポートを見せてください。

タダで入れますから。

お金を支払う必要は全くありません。 

 

友誼関

しばらく歩くと「友誼関」が見えてきました。

中越戦争では中国解放人民軍20万人がこのゲートを通りベトナムに侵攻したらしいです。

へぇそうなんだぁ…20万人ってすごいな!

こんな狭いところ、大渋滞だったに違いない。

友誼関の歴史

突然ですが、ここで友誼関の歴史について説明します。

・1885年(光緒11年) – 約2,000名のフランス軍がランソンより鎮南関に侵入、清朝側の馮子材率いる黒旗軍が関内4キロメートルのところで戦闘を展開しフランス軍を撃退した(鎮南関の役)。
・1907年(光緒33年) – 孫文、黄興による鎮南関起義が発生した。
・1949年12月11日、中国人民解放軍が鎮南関に進駐、広西全土を解放。
・1979年 – 中越戦争(中国がベトナムに武力侵攻)で中国人民解放軍20万人がここを通りベトナムへ侵攻。Wikipedia

友誼関

近くにはフランス式の歴史的な建物があります。

以前の北ベトナムはフランス領でしたからね。

おそらくその名残かと。

友誼関に潜入!

友誼関

さっそく友誼関に潜入してみます。

脇に階段があるので登ります。

 

友誼関

登ったところ。

ここからは中国側とベトナム側を上から眺めることができます。

 

友誼関

こっち中国側。

先ほどのフランス式建物が見えます。

 

友誼関

こっちベトナム側。

広場みたいになっています。

ここでたくさんの兵士が待機していたんだろうな。

この先を進むとベトナムに行けます。

実際に国境越えした時のお話はこちら。

 

友誼関

ところで、友誼関の中は博物館のようになっていて、当時の歴史を知ることができます。

 

友誼関

中国人民解放軍の軍服が飾ってありました。

他にも当時使用されていたと思われる銃剣などが展示されていました。

 

友誼関

さて、さらに上へと進みます。

 

友誼関

なにも知らずに部屋に入った僕はびっくりしてしまいました。

変なおじさんが2人座ってました。

 

友誼関

中国の主席とベトナムのホーチミンさんが優雅にお茶を楽しんでいました。

とても和やかな雰囲気だったので、邪魔しないようズームを駆使して遠くから写真を撮ります。ウィーン‥パシャ!

 

友誼関

ホーチミンが凭祥の鉄道駅に来たんだね。

皆んな、良い顔してる。

 

友誼関

後ろに見えるのが友誼関。今僕はここにいます。

これからは「戦争のための友誼関」ではなく、皆で当時の歴史を振り返りつつ過去の記憶として語り継がれる「観光地としての友誼関」であってほしいと切に願います。なんか綺麗にまとめてしまってすいません。

アクセス

友誼関

凭祥バスターミナルから「友谊关」行きのバスが出ています。

料金は確か3元≒50円だったと思います。

本数が少ないので注意が必要です。

・7:20

・9:30

・13:10

・16:30

僕は終バスを逃してしまったのでタクシーで行きましたが、20元≒330円でした(交渉前は30元)。

「そもそも凭祥までのアクセスがわからないぜ!」って方はこちらをどうぞ。

たるかり

たるかり

1年間の海外放浪生活を経て、山の中でテント生活をしながら小屋を建てる。その後、独立してフリーランスに。小屋を拠点に旅するように暮らしています。 [詳細]